教えて、先生! HTML (TEXT) 版
他人と違う生き方
僕の生き方はね、他人とは全く違うんだ。国立大の医学部を卒業後、臨床研修をせずにすぐに基礎研究の道に進んだんだ。国立大を卒業して私大の大学院に行く人はほとんどいないと思うけど、僕の場合は順天堂大学に良い先生がいたから、そこの大学院に行くことにした。
大学院を出てからは理化学研究所に入って、そのあとすぐワシントン大学に留学し、約5年間過ごした。アメリカは32歳くらいになったら独立するのが普通だけど、当時32歳だった僕は日本に帰っても独立できないし、そもそも日本に帰るつもりはなかったんだ。
ところがボスが、何を思ったか日本の製薬会社の研究所所長になっちゃったのさ。「お前も日本に来い、そこで独立させてやるから」って言うから、じゃあそうしようかなと思って……意外な形で帰国した。日本では医学部卒は普通製薬会社に行かないし、研究やりたいのに企業行くヤツもまずいないけどね。 でもボスが語ったのは、日本トップの若手研究者15人を集めて新しい研究所を作るっていう、とても夢のある話で、それに惹かれたんだよね。今となっては詐欺にあったような気もするけど(笑)。
製薬企業に勤めて、初めの1年はハッピーだった。何をやってもよかったからね。でも、次第に研究の方向性が狭められてしまった。ラボを持たせてもらえたのは計画通りだったけど、研究者15人も結局集まらなかったしね。ともかく、わずか1年で企業の方針が変わったのは誤算だった。 実はそのちょっと前から九大に来てくれないかって誘われていたんだけど、はじめは断っていた。でも最終的に九大に行くことを決意したのは、大学は研究の自由が保証されているから。とにかく他人とは全く違った経路を辿って、九大の教授になった。当時まだ34歳だった。
<プロフィール>
中山敬一(なかやま・けいいち)主幹教授
1986年、東京医科歯科大学医学部卒業。順天堂大学大学院修了後、政府系研究所、米国留学や企業経験を経て1996年九州大学・生体防御医学研究所教授。2009年より同主幹教授。2010年夏、著書『君たちに伝えたい3つのこと―仕事と人生について 科学者からのメッセージ』を出版。現在、重版や韓国からの出版オファーなどの反響を呼んでいる。
「過激すぎる」著書の出版まで
九大に来てまず行ったことは学生を集めることだった。そのために当時はまだ珍しかったウェブサイトを作って、そこに学生をアジる(焚きつける)ような文章を載せた。 きっとやる気のある学生なら食いついてくると思って、エサを撒いたんだ。案の定、このウェブサイトは多くの研究者の間で結構評判になった。だってホンネがそのまま書いてあるからね。 ところが釣れたのは学生だけではなかった。ある日科学専門誌の出版社から原稿の依頼が来たんだ。そこでウェブの内容をかなり穏やかな表現に変えて原稿を書いたんだけど、編集長から「過激すぎる」ってストップがかかって、ボツになっちゃった。 科学専門誌は研究者とか医者が読者だから、医者に喧嘩売るようなマネは困るわけだよね。仕方ないので、書いた原稿をそのまま全部ネットにあげたら、今度は『もしドラ』を出している超メジャーな出版社からオファーが来た。 まさに捨てる神あれば拾う神あり、というか人間万事塞翁が馬、というか。いやむしろ藁しべ長者的な展開かな。
著書への反応
この本では当たり前のことを書いたつもりなんだけど、キャッチコピーとして「過激すぎる」という帯付きで出版された。ネットでは「正論」という意見と、「トンデモない」という評価に二分されているみたいだね。 よくあるのは「面白かったけど、最後で引きました」っていう反応。何でかっていうと、最後の部分に、女性が科学者になるために「結婚は△、出産は×」って書いちゃったんだ。僕は基本的に、科学には男性も女性も関係ないと思ってる。 今の風潮は女性にとって追い風になっていて、それ自体は悪い事じゃないと思うんだけど、でも子どもを育てながら世界一流の科学をやるのはとてもできないと思う。マラソンやるときに、子ども背負って走る人はいないでしょ?
世の中には、真実なのに口にしてはいけないことがたくさんある。でも自分が人生を選ぶときに、1つくらい参考にできるホンネの本があってもいいんじゃないのって思うわけ。逆にそういうホンネを書かないと、この本の価値はないわけさ。綺麗事に騙されて自分の一生決めて、あとでつまんなかったなって思ったら嫌でしょ?
著書への反応
学生へのメッセージは非常に単純明快で、「面白い人生を送ろう」ってことだけさ。僕の生き方は他人とは全然違うけど、もちろん戦略があってその道を選んだわけ。 僕の中では、研究は医者をするより圧倒的に面白い。医者の仕事は毎日同じことの繰り返しで、知的興奮がないんだよね。しかも冒険ができない。新しいことがない人生はつまらないよ。でも大部分の人にとって、他人と違う道を選ぶことは怖い。
今の世の中は、理系で一番頭がいい人は医学部行っちゃうでしょ。でも医者やるにはそんなに高度な頭脳はいらないんだよ。出来る子はやっぱり数学とか物理とか、一番頭脳が必要なところに行ってほしいね。医学部に来た子の中で、1割でもいいから、自分の才能を使って面白い研究をしてほしい。 面白いというのは、人がやったことないことをして、毎日が驚きや発見に満ちていて興奮できる人生。研究者という、一番面白い、一番自由で、一番興奮するような職業になんでみんななりたがらないのか、理解しかねるね。今の若い人は目先の安定を求めてリスクをとりたがらない。でもリスクをとらなかったらリターンもないわけさ。
頭を使って、自分なりの戦略で、自分の進路を決めてほしい。詳しくは、著書を読んでください(笑)。人生1回しかないからね。研究者は面白いしエキサイティングだけど、ある意味世界との競争だから疲れるんだよね。休んでいられないし、こんな人生は1回でいい(笑)。けど人生は1回しかないから、一番面白いと思うことをやっているのさ。